Labyrinthos

わすれた

先週のこと、仕事関係の大事な約束を、忘れてしまっていた。

予定表にもちゃんと書き込んでいたのに、それを見ていなかったという、スカタンさ。以前「Visor」というPDA(て、殆ど死語かも)を使っていたときは、日に数度スウィッチを入れて、画面上で予定・ToDoを一目瞭然に確認してたけれど、昨今は紙のノートで、毎年いろいろ方法がかわってたこともあって…。

昨年から、仕事関連で予定だけでなく「書類のもと」みたいなものを書く機会が増えたので、市販の安いA5ノートをそれに充て、スケジュールはダウンロードしてきたのを印刷してはさみこんでいた。

その「はさみこんでいた」が曲者で、その他仕事関連資料をたくさん「はさみこむ」ので、落ちないようにゴムのベルトで留めた→すると、予定だけパッと見たりToDoだけサッと見たりする頻度が落ちてしまった→書いていても見ない、という可能性が高くなった。

…とか、理由を意識の上で掘り起こしたり並べ立てたりするのは易しいのだけれど、それよりもう少し内部的な意味で、グッとくることをカミさんに言われた。

最近思うんだけど、忘れることを「歳だから仕方ない」「我慢」「あきらめる」…ではなくて、「そういう部分が必要だから起こっている」のではないでしょうか。



今まで意識的にキープしたり、努力してそうしようと続けてきたことなんかを、見直す時期が来ているのかもしれない。
老眼鏡が必要とか、そういうことって、何かのサインかもしれない。

違うかもしれないけど(笑)。

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Comments

ゆに|2009/10/18 11:15 PM
奥様に一票。

すべては必然なのです。
(最近スピリチュアル読書月間)

たぶん違わないです(笑)
cbnvdgk|2009/10/19 08:59 AM
>ゆにちゃん

ご賛同ありがとう。

ただ、「前世から決まってた」とか「ご先祖が」とか「ほにゃ色のオー○が」とか、言わないでね。「スピリチュアル」という言葉が、狭義というか、ある種特定の事柄や人物を指すようになってきている最近の現実が、とてもキライなので。

また、カタイこと言ってる私ですが。
老眼鏡と共に脳マッサージ器も必要になっているのかも。

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